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青い空白い雲
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樹木希林さんが道徳ドラマ「星野君の二塁打」を読んだら?

2018年10月 7日号

牧太郎の青い空白い雲/687 

 秋の初め、「言いたい放題」の個性派女優、樹木希林さんが亡くなった。75歳だった。
 ホームドラマ「寺内貫太郎一家」で、主人公「貫太郎」の母親を演じ、沢田研二のポスターの前で、全身をブルブルさせ「身悶(もだ)え」する迷演技? 脇役でありながら、平気で「主役」を食ってしまう。樹木希林さんは「圧倒的な存在感」を持ち合わせた女優だった。
 脚本家・向田邦子さんの遅筆に腹を立て「筋だけ書いてよ、後はこっちでなんとかする」と言い放ち、大げんかになったこともある。役者としての絶対的な自信がそう言わせたのかもしれないが、それにしても「自由勝手な言い分」である。
 晩年「全身がん」に苦しんだ(であろう)希林さんは弱みを見せず、世間の評判などいっさい気にせず、勝手に生き、嫌われることもなく、時に喝采を浴び、周囲を笑わせながら逝った。
 素晴らしい「役者人生」だった。
    ×  ×  ×
 話はガラリと変わる。
 九回の裏、トップ打者の2番・山本君がテキサス安打で一塁へ出た。よし、ここで1点! それで「甲子園出場の夢」が実現できる。
 3番打者で投手の"二刀流"星野三郎君がボックスへ向かうところに伝令。ベンチで監督の今井先生が「星野、山本をバントで二塁へ送ってくれ。杉本に打たせて、どうしても確実に1点稼がなきゃならないから」という。
「打たせてください! 今度は打てそうな気がするんです」と星野君は頼んだが、「命令」は変わらない。
 星野君は悩む。打ちたい。でも「命令」だ。どうしたらいいんだろう?と迷っているところに第2球。甘い球だった。星野君は大きくスイングした。
 ライナー性の二塁打である。やった! 応援団は狂喜した。
 次の4番打者の杉本が右翼に犠牲フライを打つ。甲子園出場は決まった。星野君はこの試合のヒーローになつた。
 ところが、である。今井先生は違っていた。
「いいか諸君、野球は、ただ勝てばいいのじゃない。星野君はいい投手だ。惜しいと思う。しかし、チームの統制を乱したものをそのままにしておくわけにはいかない」
 監督は星野君の甲子園出場を禁じた。
 星野君は涙をこらえていた。いちいち先生の言う通りじゃないか。自分がいい気になつて、甘えていた。星野君は「過ち」に気づいたのだった。おしまい!
    ×  ×  ×
 突然、樹木希林さんの話から学生野球の「お伽(とぎ)話」になってしまって申し訳ないが、読者の中には、この「星野君の二塁打」という話に記憶がある方もいるだろう。
 1947年、雑誌『少年』に掲載された児童文学者の吉田甲子太郎(きねたろう)さん(1894~1957)の作品。50年代から小学校の国語の教科書、70年代からは道徳の副読本に使われてきた。だから、思い出す方もいるだろう。僕もその一人だが、ちょっと気になることがある。
 この「星野君の二塁打」が、今年度から小学校の正式な教科になった道徳授業で 「規則の尊重」「集団生活の充実」などをテーマにした「教材」として登場したのだ。
 この話の狙いは「監督の命令に服従しなければ罰を受ける! それを覚悟しろ!」という「教え」らしい。
 ちょっと待ってくれ!服従するのがすべて「正しい生き方」なのか?それが気になって仕方ない。
    ×  ×  ×
 人生イロイロである。
 樹木希林さんの生き方には賛否両論あるだろう。 でも、多くの人が「自由勝手な生き方」を「羨ましい!」と思った。
「星野君の二塁打」を読んで、「監督の言う通りだ」と思った人もいるだろう。でも、星野君の判断も間違っていない、と言う人もいるはずだ。
 人生イロイロである。
「星野君の二塁打」は、一方的に「監督は善、星野君は悪」に仕立て上げている。これが嫌だ。
 安倍政権になってから、国家主義、全体主義が大手を振っている。「全体」のために「個人」は生きる、という人々。彼らは「道徳」という授業で、意図的に個人主義を潰そうとしている。そんなふうに見える。
    ×  ×  ×
 樹木希林さんが「星野君の二塁打」を読んだら、何と言うだろう?
 それとは別に、彼女の「自由勝手な生き方」に共鳴している当方は、「樹木希林の本」を作って、各家庭で勉強したらよい!とさえ思っているのだが。

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