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人生の四季
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「日本仏教は破綻している?」

2018年3月18日号

一条真也の「人生の四季」/120 

「葬式は、要らない」とか「寺院消滅」などと言われて久しいが、現代の日本仏教が大きな過渡期を迎えているのは間違いないだろう。
 少し前、わが社のセレモニーホールの支配人たちを前に講演を行った。会場は、ふだんは葬儀で使われている部屋であった。「導師入場」ならぬ「講師入場」として、演壇に進んだわたしは身の引き締まる思いだった。
 まず、現代日本における葬儀の現状について語った。近年、葬儀と一緒に初七日や四十九日の法要も済ませるのが一般的である。本来、「初七日」とは命日を含めて7日目の法要であり、以後、7日ごとに法要が営まれ、命日から数えて49日目に「四十九日」の法要が営まれていた。
 なぜ、7日ごとに法要が営まれたのか。それは、亡くなった人に対して閻魔(えんま)大王をはじめとする十王からの裁きが下され、49日目に死後に生まれ変わる先が決められるという信仰があったからだ。
 故人が地獄、餓鬼、畜生、修羅などの世界に堕(お)ちることなく、極楽浄土に行けることを祈って法要が行われた。「四十九日」の法要までが忌中で、神社への参拝や慶事への出席などは遠慮する習わしである。
 しかし、現代社会では親類も遠くに住んでおり、仕事などの都合もあって、7日ごとに法要するのが困難になってきた。49日目に再度集まるのも大変である。
 葬儀の日に「四十九日」の法要まで済ませてしまうというのは、合理的な考え方かもしれない。でも、それは、伝統的に信じられてきた閻魔大王の裁きのスケジュールを人間の都合に合わせてしまうことでもあり、じつは仏教の教義から言えば、トンデモないことなのだ。
 それこそ実際の裁判での被告が、裁判長に対して「自分は忙しいので、一審、二審、三審を同じ日にやってくれませんか」と要求するのと同じ。こんな無法がまかり通っている時点で、すでに日本の仏教は破綻しているとの見方もあるそうだ。うーむ。

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