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青い空白い雲
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安倍首相に読ませたい「西郷隆盛と愛犬と鰻」の関係

2017年12月24日号

牧太郎の青い空白い雲 649

「横綱の暴行」事件。
 貴乃花親方は、弟子・貴ノ岩が元横綱・日馬富士から暴行を受けた背景には、
「モンゴル互助会に八百長疑惑あり」
 と睨(にら)んでいると報じられている。もし不正が事実ならば、「ガチンコ(常に真剣勝負)」の貴乃花親方は絶対に許さないだろう。徹底抗戦するはずだ。
 ともかく、貴乃花親方は「不惜身命(ふしゃくしんみょう)」である。
「不惜身命」とは仏教用語で、法華経譬喩品(ひゆほん)にある言葉だ。「道」を修めるためには、自らの身命をも顧みない。実に立派だ。
 でも、いくら立派でも貴乃花親方は、「双葉山の域」には達したとしても、まだまだ「西郷隆盛の域」には達していないのではないか。
「不惜身命」という言葉を好んで使う鎌倉武士道の本音は、「名こそ惜しけれ!」である。つまり、命は捨てても、恩賞、名誉はいただく!というスタンスである。
 西郷隆盛は違う。
 前回、「安倍首相に読ませたい"無欲絶対主義"の『南洲翁遺訓』」で書いたように、西郷隆盛は「命もいらぬ、名もいらぬ」だからだ。
    ×  ×  ×
 今回の「安倍首相に読ませたい」シリーズ第8弾は、『維新土佐勤王史』に残されている「坂本龍馬による西郷の人物評」である。
 龍馬が西郷に初めて会った時の印象を勝海舟に聞かれ、こう答えている。
《西郷は馬鹿である。しかし、その馬鹿の幅がどれほど大きいか分からない。小さく叩(たた)けば小さく鳴り、大きく叩けば大きく鳴る》
 確かに、西郷は無欲だ。馬鹿である。でも、その影響力は計り知れない。
「西郷の馬鹿さ加減」を、かつての『サンデー毎日』の記者仲間、仁科邦男さんが「西郷どん 愛犬物語 なぜ西南戦争に犬連れで出陣したのか」(『文藝春秋』12月特別増刊号「西郷隆盛を知る」)で詳しく分析している。
 仁科さんが引用している「西郷家の奉公人、中間長四郎の証言」。
《桜島に行く途中、三、四人連れで、広馬場の鰻(うなぎ)屋に寄った。人にも、犬にも、一人前ずつ食わせ、勘定する時「こまかいのがないので、しばらく貸してくれ」といわれたが「どこの人とも知れないのに貸せぬ」というと「しからば」と西郷は百円札を出した》(当時の百円は現在の数十万円? 西郷の参議時代の月給は500円だった)
 西郷は犬を愛した。人間と同じように付き合った。同じように鰻を食べた。
 この種の「愛犬と鰻」のエピソードは、当方も小さい頃に何回も聞かされている。
 我が家は「反薩長の家柄」だったのだが、上野の山の「西郷と土佐犬」の像を見るたびに、「薩長にも良い人がいるんだ」と思った。
    ×  ×  ×
 安倍首相に「馬鹿になれ!」と言うつもりはない。
 貴乃花親方に「馬鹿になれ!」と言うつもりはない。
 ただ、犬だって鰻が食べたいだろう、と思う「優しさ」が欲しいのだ。
 一緒に食べよう!と思う「優しさ」が欲しいのだ。
 自分だけが優秀で、他はグズ!という価値観を忘れてくれ!(貴乃花親方は実績があるが、安倍首相ははっきり言って「並の政治家」だ)
「一日先生(西郷)に接すれば一日の愛生ず、三日先生に接すれば三日の愛生ず」
 そう言ったのは、旧中津藩士、増田栄太郎の言葉である。
 恋愛は馬鹿でなければできない。まして、男同士の恋愛は馬鹿でなければできない。
 喜んで一緒に死にたい!という男の恋心。
 指導者の皆さん!
 好きで好きでたまらない!と同志に思わせる「西郷の馬鹿」に学ぼうではないか。

 

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