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サンデー時評
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選挙という手段がある「参院選で裁こう」

2015年10月11日号

倉重篤郎のサンデー時評スペシャル

「おまえんとこの孫、大丈夫か」
 はるか天空から国会議事堂を見下ろして、吉田茂が岸信介にこう語りかける。 
 安保法案採決時の所ゆきよしさんの政治マンガ(18日付『毎日新聞』)である。
 吉田には「オレなんかアメリカを手玉にとっちゃったけど」とも語らせている。ユーモアたっぷりながら、事の本質を鋭くえぐったものではなかろうか。
 安保法制の本質は、集団的自衛権容認という違憲問題もあるが、世界中に展開する米軍の後方支援(兵たん)機能を自衛隊が代替していくことにある。世界の警察官として君臨してきた米軍が、軍事予算削減を背景に、手間とカネのかかる兵たん部門に、規律が高く米軍と相性のいい自衛隊を活用しようという構想だ。
 保守論客の佐伯啓思氏はこれを「自衛隊が米国の駒」になることだと表現、国防族のドンであった山崎拓氏は「日本が老いたる警察官(米国)の警察犬として使われること」と形容する。
 そんなことはない。米国の要請を蹴ることもできる。日本の国益に沿ったことしかしない。外務官僚はこう抗弁するだろう。だが、よくよく過去を振り返ってみよう。石原慎太郎と盛田昭夫が『「NO」と言える日本』を共同執筆し、日本の従米体質を批判したのは1989年。その後も湾岸戦争、アフガン、イラク戦争や数多(あまた)の経済交渉で、日本が明白な「NO」を言い切ったことはなかった。「米国支援」=「日本の国益」という日本外交の公式をはずすことはなかった。
 最高権力者マッカーサーの占領統治の下、言を左右にしたたかに再軍備を回避してきた吉田からすると、この米国言いなりのお坊ちゃん外交に焦燥感を募らせるのも当然のことだろう。
 岸もまた思いがあるだろう。自らが主導した60年の安保改定との違いを反芻(はんすう)しているのではないか。あの時は、日米対等化が狙いだった。米国の日本防衛義務をしっかりと書き込み、米軍の重要な装備変更には事前協議で日本の了解を求めることも決めた。だが、今回は従米路線の一層の強化としか見えない。それにあの時オレは責任を取って辞めた。そのことが政治の局面転換となり、池田勇人の所得倍増政策を成功に導いた。それに比べると......。
 所マンガの続きを岸に語らせると、吉田にこう切り返すのではないか。「あんたの孫はどうなんだ?」
 吉田は顔を曇らせるだろう。麻生太郎財務相はこの局面で全く存在感を発揮できていない。ナチスに倣え、という吉田から見れば許しがたい放言ばかりで、安倍首相が政権を投げ出すのを待っているかのようだ。
 ことほどさよう、戦後体制を作り上げた2人の元首相から見たら、その後輩たちは、さぞかし不甲斐(ふがい)なく見えたことであろう。
 その筆頭が谷垣禎一幹事長ではないか。弁護士として違憲立法をただすべき立場にあり、かつ軽軍備、経済優先の吉田路線の衣鉢を継ぐはずの谷垣氏が率先して強行採決の指揮官になった。国の安危を左右する重要政策について、自由かつ民主的に討論できるはずの党の伝統はどこにいったのか。400人いる国会議員がほぼすべて御身大事でヒラメのごとく人事権力を仰ぎ見ている体質とは何か。

 ◇戦犯の筆頭は安倍自民党

 今回の強行採決は、違憲立法であること、立法事実が薄弱なこと、その本質である兵たん代替法としての議論が不十分であったこと、さらにいえば、日々高まる国会外の民意に対する顧慮が全くなかった点からして、戦後日本の議会制民主主義の敗北と受け止める。
 その戦犯は誰か。
 安倍自民党がその筆頭だ。これだけの欠陥が指摘された法制である。取りあえずは当面必要な民主、維新両党も賛成の対中国領海対策立法を優先させ、残りは継続扱いにして出直すのが筋であった。数の慢心と干されることの恐怖心が政権与党の理を失わせ義を欠かせた。軍事カードをほしがる外務省の従米お小姓軍団がそれを急(せ)かし、連立相手の公明党が平和と護憲の看板と創価学会票で支えた。すでに自民党は自前の業界団体票を大きく失っており、800万といわれる学会組織票の上乗せがなければ当選できない体質になっている。学会票があることが採決強行というリスキーな挑戦を可能にさせた。
 もちろん、そのことで公明党も傷ついた。学会内の一部で反安保法制の動きが顕在化した。これがどれだけ広がりを持つかはわからない。アリの一穴になるとすれば、戦犯としての罰は予断を許さないものになる。
 野党はどうか。最終局面で自公になびいた群小3党は同じ被告席に立たされるだろう。野党第1党の民主党は、論戦力で廃案に追い込めなかった点で結果責任を問われる。メディア報道も割れた。その是非もまた歴史法廷の裁き待ちだ。
 一つ言っておこう。敗北は悪いことばかりではない。それは過去を変える新たなスタート台にすることもできる。ここでラグビー日本代表を持ち出すことをお許し願いたい。彼らが戦った対南ア戦は涙が出るほどの好試合だった。通算成績1勝21敗2分の弱小チームがここまで来るためには、エディー・ジョーンズヘッドコーチのジャパンウエー(日本式)ラグビーの徹底した追求があった。体ではかなわないアングロサクソン的プレーに、俊敏性、フィットネス、スタミナという日本的特質を極限化して対抗する方式だ。
 安保法制もこのジャパンウエーに学ぶべきだと思う。憲法9条の専守防衛方針のもと、海外での武力行使はしない。原則、PKOのみとする。国際紛争は武力ではなくカネと交渉力によって解決する。拠(よ)って立つアジア外交を重視、国連を通じた難民対策などの国際貢献には積極姿勢で臨む。日米安保体制は基地供与を堅持するが、より対等化を図る。これこそがこの70年間の日本の歩みの延長線上にあるジャパンウエーである。
 野党には、このジャパンウエーを安倍的従米策への対案として、来年の参院選までに準備してもらいたい。70年前の敗戦では極東軍事裁判所が戦犯を裁いた。今回は我々が自らの識見により裁くことができるのだ。

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