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青い空白い雲
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平和主義の徳川綱吉を「変人」にした薩長?

2015年10月11日号

牧太郎の青い空白い雲 連載540

「妊婦と3歳以下の子供は庄屋、町役人が管理・保護する」 という"決まり"があったのは、驚くことに17世紀の江戸である。
 この時代、捨て子、子殺しが普通だった。貧しかった。やむなく、五代将軍・徳川綱吉は「捨て子を見つけたら町で養いなさい」と、養う者には養育費として報奨金を与えている。多分、17世紀に《母子保護法》を持った国は江戸以外、世界のどこにもなかったと思う。
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 この決まりは「行き過ぎた動物保護法で、庶民は大変に苦労した」といわれた、綱吉の「生類憐れみの令」の中にある。当時、野犬は町に溢(あふ)れ、群れをなし人を襲い、狂犬病を伝染させた。もちろん飼い犬もいたが、その一つはどう猛な唐犬。もう一つは長屋に住み着いた犬。今でいうペットではない。冬になると犬を殺して中間(ちゆうげん)、傾奇者(かぶきもの)は好んで犬鍋を食べていた。
「生類憐れみの令」(1687年)は、この野蛮な気風を変えようとした試み。犬は家族の一員として、どこかの家に属することにする。飼い主のいない犬は幕府が保護する。中野の御犬小屋には最大11万頭の犬が飼育された。
 かくして、野良犬はいなくなり、犬への暴力、もちろん犬を殺して食べることは禁止された。
 法令がいう「生類」とは「人を含めた生き物すべて」。だから、綱吉にとっては子殺しを禁止する《母子保護法》も当然だった......どう考えても「生類憐れみの令」は悪法とは言いかねる。
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 明治以降、なぜ人々は人道主義を貫く類いまれなる天才政治家・綱吉を「変わり者」扱いするようになったのか? その理由は、彼が平和主義だったからではないか?
 当時、武家屋敷は「治外法権」で、犯罪者は各屋敷内で勝手に処罰することができた。「犯罪」といって大名、旗本が人を斬る。綱吉はこれが許せなかった。大名、旗本の殺人行為を禁止した。戦国時代の価値観をガラリと変えよう!と思った。武から文へ、である。
 元々、徳川家は平和主義。徳川家康は豊臣家を滅ぼした後、「日本国は平和路線で行く!」と宣言。豊臣秀吉が朝鮮を侵略した時、兵を送らなかった家康は朝鮮との国交回復を進め「朝鮮通信使」を招いた。綱吉は「家康の平和路線」の忠実な後継者だった。
 これが、明治維新に勝利した薩長、とくに関ヶ原の戦いで徳川に「恨み」を持つ長州には気に入らなかった。 たしかに「あいつが動物を苛(いじ)めました」というチクリも横行し、この法令には弊害もあったが、これを理由に「綱吉=犬バカ将軍」のイメージを意識的に流した。明治維新後の思想はすべからく反徳川だった。
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 薩長中心の明治政府は日本人を軍事国家への道に引っ張っていった。戦う「薩長史観」はいつも「勝てば官軍」だった。たとえ道理にそむいていても、戦いに勝った者が正義となり、負けた者は不正となる。この「史観」が、常に日本国の戦争の背景には存在した。
 強い日本を作る「皇国史観」が明治、大正、そして終戦前までの昭和、人々を支配したが、本当は「薩長史観」の実践だった。
 戦後70年。天皇陛下は「満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切」と述べられた。畏れ多いことだが、陛下は、本当は「薩長史観が皇国史観と偽って暴走した」と指摘されているのではないか? 断っておくが、鹿児島県(薩摩)、山口県(長州)に悪感情を持っているわけでは断じてない。両県出身の親しい友人が何人もいる。
 でも徳川の平和主義が続いたら、維新後の日本はだいぶ違っていたと思う。
 山口県出身の8人目の首相、安倍さんは「勝てば官軍」の申し子だ。「美しい国」とのキャッチコピーで「戦勝国から押し付けられた価値観を大事にする自虐的な歴史観から脱却しろ」と言い続ける。「美しい国」という皇国史観(実は薩長史観)。嘘(うそ)を並べて、国民を騙(だま)してでも安保法案を強行採決した。
 物事は勝敗によって正邪善悪が決まる!と信じるのは、戦争好きな「薩長の血」ではないか? と思う昨今だ。

 ◆太郎の青空スポット 富士山にキッズ運転席!
 富士急行大月駅~河口湖駅26・6キロの特急列車「フジサン特急」は一番富士山に近い路線。標高358メートルの大月から857メートルの河口湖駅まで。高低差500メートル。富士山を正面に望む一号車はサロン席で、本物の運転席隣にキッズ専用ミニ運転席がある。ハンドルを握る我が子の笑顔が忘れられない。

 ◇毎日新聞夕刊にコラム「大きな声では言えないが...」を連載中

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