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サンデー時評
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政権の行き詰まり、深刻だ 自民党は受け皿準備せよ

2015年8月30日号

倉重篤郎のサンデー時評 連載66

 平野達男氏に電話してみた。岩手県知事選の投票(9月6日実施)1カ月前になって出馬撤回する醜態を演じた人物である。
「今回はご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ありません」。開口一番こういう言葉が返ってきた。多分、誰に対してもそう言わざるを得ないのだろう。自民の全面支援を背に4月14日に出馬表明、小沢王国を切り崩そうと現職・達増(たつそ)拓也氏に挑戦状を投げつけたところまでは良かったが、4カ月もたないうちに敵前逃亡である。
 撤回発表の記者会見(8月7日)では「国の安全保障のあり方が最重要課題に浮上し、県政のあり方が論点になりづらい状況が生じてきた」と説明していた。新安保法制に対する反発が強く、とても県政課題を争点化する選挙ではなくなった、という釈明である。
 実際のところ、その逆風やいかに?と聞いたら、言葉少なに以下の事例を語った。街頭で演説していると、支持者が駆け寄ってくる。激励の声でもかけてくれるかと期待すると「今回だけは応援できない。何で戦争法案に賛成するのか」と取り付く島もない。そんなことが何回もあった。5月末から潮目が大きく変化した、という。
「玉砕するつもりはなかったのか?」とも聞いた。そのまま選挙に突っ込んで大負けした方が政治家としてすっきりしたのではないか、という質問だった。「それが一番楽だった」という答えが返ってきた。相当悩んだようだった。結局最後は自らの判断で撤回を決めた、と強調したが、そうではなかったのだろう、と私は思った。
 今はさる28年前のことである。中曽根康弘政権が売上税を導入しようとした際、最初のつまずきは、いくつかの小さな地方選挙であった。国政課題であるはずの売上税創設の是非が問われ、「ノー」という結果が出た。その後はまるでつるべ落とし。新税はつぶれ、あれだけ栄華を誇っていた中曽根政権もその年に政権を終えた。政治家は支持率の数字も気にするが、選挙結果となるとそれこそ目の色が変わる。自らの進退にリアルに関わってくるからであろう。

 ◇安保、沖縄、拉致...自己否定できない政権 「次」の名乗りは?

 地方選挙と言っても侮るべからず。国策をつぶす力を持っている。そのへんのことがわかっている人がまだ自民党内に残っているのだろう。しかも、今回は参院現職の平野氏が知事選に転出すると、10月にはその後を決める参院補欠選挙が必要になる。これこそ、新安保法制を含め安倍晋三政権の是非を正面から問うものになるだけに、自民党としてはこれはもっと避けたかったのだろう。来年の参院選をにらむと、余分な敗北は百害あって一利なし、である。
 そう考えると、自民党からの平野おろし圧力は、半端なものではなかっただろうと推察できる。政権の浮沈を左右する局面だった。
 平野氏は大学で私の1年後輩のラグビー部員だった。「韋駄天(いだてん)・平野」と呼ばれる俊足のウイングで、クラブ活動が2年しか続かなかった軟弱な私と違い、彼は4年間走り続けた。農水官僚から小沢一郎氏の引きで参院議員として政界入り、2011年の大震災後に小沢氏と別れ、今回の知事選に小沢王国を崩せるかもしれない候補として担ぎあげられた。そしてこのありさまだ。利用されたと言えばそうだが、所詮、身から出た錆(さび)である。以前このコラムで、彼を原発の使用済み核燃料処理問題で奮闘中の政治家として紹介したことがある。参院議員として残り任期4年を全うするのであれば、その延長線で汚名返上の大仕事を望みたい。
 平野氏の話が長すぎたかもしれない。新安保法制に対する国民世論の反発の根深さを言いたかったのだ。老人から若者まで静かに反対の輪が広がっている。長谷部恭男早大教授ではないが、むしろ理解が進むゆえの現象である。お盆帰省した自民、公明議員はそれを感じるであろう。違憲という烙印(らくいん)と立法事実不足という弱点は日がたつほどに綻(ほころ)びを広げている。
 大幅修正や継続審議という手もある。例えば、売上税の際はこれをまずは廃案にして時間をかけ消費税導入に結びつける、というクレバーな選択をしたが、ガチガチな対米公約ゆえに安倍晋三首相にその選択肢はなさそうだ。この自縄自縛、なかなか深刻である。
 普天間問題も同様だ。1カ月工事を中断して政府と沖縄が協議を始めたが、「異床異夢」である。この問題の唯一の解決策は、辺野古新基地建設ではなく、普天間の代替機能を沖縄以外に移出することである。その具体案は『沖縄ソリューション』(橋本晃和、マイク・モチヅキ共著、桜美林学園出版部)という本が参考になる。菅義偉官房長官がそのへんの構想、代案を持って翁長雄志知事と協議しているとはとても思えない。
 70年談話はどうか。「侵略と言うのは歴史家が定義すべきで政治家が言うべきではない」との強気はどこに消えたのか。日本のためにはベターだが、安倍政治はこれでますます存在意義を失った。
 拉致問題しかり。北朝鮮との間の新枠組みでの協議の成果はゼロ。将来的な見通しも全くない。「拉致の全面解決」を最大の求心力にしてきた政権としては、なぜこの10余年間問題が一歩も前進しなかったのかについて、根源的な総括と反省をすべき時期にきている。
 ことほどさように、安倍政権はアベノミクス以外は主要政策で本質的な行き詰まりに直面している。本来は、全面的な自己否定をしなければ乗り越えられない問題ばかりなのだが、やっていることは展望なき時間稼ぎだ。この深刻な事態にそれを的確に指摘する人も出てこない。そもそもなぜこの機に次の名乗りをあげる者が出ないのか。もしそうなら、それこそ自民党そのものの行き詰まりとなる。
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 ■人物略歴
 ◇倉重篤郎(くらしげ・あつろう)
 1953年7月東京生まれ。78年東京大教育学部卒、毎日新聞入社、水戸、青森支局。政治部、経済部。2004年政治部長、11年論説委員長、13年専門編集委員

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